生きてます!
ご無沙汰しています。
ちょっと風邪引いてますけどね、
風邪引けるくらい元気に生きてますよ!
2018年という私にとって、
転機/節目としかいいようがない、
大きな1年の終わりに、
想いを残しておこうと思って、書き綴ります。
2018年の1月25日。
私はステージ3bのガンと診断されました。
海外で検査結果を受け、
日本で調べるとステージ4bに。
そこから病院にはいかずに、
治癒への道を辿った1年でした。
もっと怖い、と思ってました。
もっと何かにすがったり頼ったりする、と。
だから病院通いをこんなにきっぱり止めるとは、私も想定外で…。
病気と診断されてから、
さまざまな感情を味わいましたが、
唯一ぶれずに言えることは、
「一度も怖くなかった」こと!
寿命なら死ぬから、死なないなら力いっぱい生きるだけ!
そのために気持ちが落ちることはしない、
と決めたら、病院へは気付けば
行かなくなっていました。苦笑。
やったことは、
病気になった原因と思うことを、
ひとつずつ開放していった、だけ。
直前は食生活、乱れていました。
暴飲暴食、下手すればプラスチックの成分すら
食べていたかもしれないほどの化学調味料や添加物まみれの生活。
お酒は友達、ボトルがないと不安でした。
そして何よりも!
自分らしくない生活をしていました。
自分に沿っていないことは、
すなわち自然に沿っていない、
反発がいつもどこかで起きていました。
その生活スタイルをとにかくすぐ辞めました!
だいたい「なぜガンになったと思いますか。」なんて、
西洋医学の先生は聞いてくださいません。
彼らはあまりに忙し過ぎるのです。
だから私が「こうこうでストレスが…」と言っても、
そんなことをまさか理由だとも思わず、
というか理由だとしても彼らがやることは決まっているので、
たいていスルーされます
。
そう、
やるべきこととは、
手術・抗がん剤・放射線治療。
このガイドラインに沿った標準治療。
でも私には「原因」がいくつかわかっていました。
仕事やライフスタイルのストレス、
雑で自然に反した食生活、
世間のしがらみから来る呪い(※)。
※これは女の幸せは結婚して子供産んで、親に孫の顔を見せること。
を、親に望まれているのに叶えていないことによる罪悪感など…多大なるストレスに。
そのひとつひとつを解いていく作業。
まず仕事を辞め、好きなことを仕事にし、食生活を改めました。
最後のしがらみの部分においては、
母親に話をしたことで少しは救われたけれど、
この部分は本当に難しい…今も解決したか、と聞かれればわかりません。
そして上記のことだけでなく、
私は母親との付き合い方が、
本当に学びだらけだと感じています。
婦人科系が病んでしまったのは、
やはりこの場所だから、こその意味があると思う。
今日書きたいことからずれる上、
長くなるので割愛しますが、
要はそういった心のもやや、ストレスを、
なぜそう思うのか、それはそんなに苦しむに値するのか、
今できる最上の方法はないだろうか。
そんな風に、まぁ、ひとつずつ向き合ってきた感じです。
あ、一応鍼灸には通っています。
先生との出会いに感謝しているし、
本当に毎回笑いの絶えない治療です。
痛いけれども!苦笑。
症状としては不正出血が慢性化しています。
月に1-2日くらいほぼ出ない日があります。
でも排毒症状だと信じています。
だってかれこれ9か月ほど、
ほぼ毎日出血していて、
自覚症状のある貧血にならない!
ただいい加減、ずっと出血しているのは煩わしいと思うことはあります。
忘れたくても病気であることを意識し続けるし、ね。
ただ最初にだいたい1年くらいで治す、
と決めたので体がそういう設定になっているかも。
(この意味・ニュアンス、わかって欲しい!)
少なくとも私はそう信じています。
そろそろ1年が経ちます。
体は帳尻合わせて来るんじゃないかな、と。笑。
体がすることを信じています。
いつもよくなろうと頑張ってくれている、
愛しい体のことを信頼していますから。
健康だったり、不調だったり、心だったり、体だったり。
皆さまも色々あると思いますが、
今この瞬間生きていることは平等!
毎瞬毎瞬、少しでも笑って愛を感じて、
命の最大限を生きたいものですね。
取り留めもない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました
私は今から「笑ってはいけない」で
大爆笑するので、これにて失礼します。
では、
今日も皆さんにとって、
全ての良きことが
雪崩のように起きますように
私がガンと平和に過ごすためにしている7のこと
ニンジン・りんごジュース → 断食のド定番!
プチ断食 → 朝食抜き。午前中は固形物は取りません
ZEN呼吸法 → 朝起きたてでまず
「呼吸法」でガンは流せる。【DVD付】毎日の半身浴、時々岩盤浴 →お風呂には塩をひとつまみ